受験生や在学生の保護者は、今や大学にとって無視できない大事なお客さまです。これについて本ブログでは「大学生活の自由とどう向き合うか」などの記事で何度か取り上げてきましたが、どうやらこの風潮はさらにエスカレートしてきているようです。本当にこれでいいのかと、勝手にちょっと心配になってしまうほどです。
以下、朝日新聞デジタルより。
大学生の親に存在感 入学式手厚く、企業は「オヤカク」
(前略)「オヤカク」。企業の新卒採用の現場で広がり始めている言葉だ。企業が内定を出した学生に対して、親が納得するか確認を求めたり、親と会って採用理由を説明したりすることを言う。親に反対されて入社しないケースがあるためだ。(後略)
個人的には、かなり衝撃的でした。大学進学であれば、多くの場合、親が学費を出すわけですから、パトロンが口を出すのもいちおう理解できます。しかし、新卒採用はさすがに本人の意思を尊重してあげないと……。
それに企業も「オヤカク」をしなかったことで入社を断念してしまう学生がいたとしても、そんな学生はたして本当に必要なのでしょうか。むしろ、入社前にわかって良かったとさえ思ってしまうのですが、ここらへんは新卒採用市場をあまり知らない私の甘い考えなのかもしれません。
親には親の考えがある。企業にも企業の事情がある。もちろんそれはわかっています。しかしそうはいっても、これからの人生を左右する大きな決断に、本人以外の意志が直接的に関わるのは、学生のタメにはならないように思えてなりません。
子どもは、いつ大人になるのでしょう。実際のところは長い時間をかけて徐々になっていくのだとは思います。でも本人が、自分は大人であると自覚(覚悟)するタイミングとして一番多いのは、恐らく社会人になるときだと思うのです。
この大切な決断に親の意見が入る、つまり、子どもの立ち位置で関わってしまうと、うまく気持ちを大人へと切り替えられないんじゃないでしょうか。しかも、親もこの大事な決断に直接関わってしまうと責任を感じてしまい、子どもの働きぶりや社内での待遇などに口を出してしまいがちになる。こうなると、ますます子どもは“子ども”から抜けきれませんよね。
親も、企業も、良かれと思ってやったことが、結果的に子どもが大人になる大切な節目を台無しにしてしまう。極端に書きましたが、「オヤカク」にはその可能性があるように思うのです。親(それに企業)が、子どもを信じることが、子どもを大人にする最初の一歩です。とても基本的なことですが、もう一度、ここに立ち戻るべきなように思います。
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